記者バカ一代 マル秘取材メモで振り返る、昭和&平成「記者会見」裏面史

号泣!大爆笑!居直り!記者会見に見る、昭和・平成史

小泉今日子 「入籍・離婚・独立・不貞」すべて2月に発表のなぜ?

                             

 正月が終わったと思ったら、もう2月。

 昨今は、毎月22日の「夫婦の日」には、映画鑑賞券が割引になるなど、様々な特典が付つくようだが、今から28年前、平成7年(1995)の「2」が3つ並んだ2月22日、東京・青山のギャラリーで、おしゃれな結婚入籍記者会見を開いたのが、小泉今日子永瀬正敏だった。

 当時、2人は俗にいう「ファッションリーダー」的存在で、この日も、永瀬はベージュのハイネックにスカイブルーのサテンジャケット。一方、小泉も黄色いサテン素材の衣装に共布の帽子、そして足元は2人とも白系のシューズで決めており、集まった女性記者からは、「おしゃれ~」「かわいい~」と歓声があがったものである。

 2人は雑誌「an・an」の対談で2年前に出会い、「会った時から電波を感じていました。理由はわからないけど、こういうふう(結婚)になると思いました」と永瀬が言えば、小泉も、「初めて会った時から、ほかの人と違う不思議な感じがしました」と、運命の赤い糸を感じたと語る。

 報道陣からの「指輪を見せてください」との呼びかけにも「エィッ!」と薬指を突き出し、「昨年の夏にもらいました。大人だあという気持ちになりました」と、ご機嫌で500万円だという指輪を披露した。

 そんな2人は結婚会見の翌日、ギャラリーで「2人の私生活を全て公開した」という写真展を開催。

 ベッドの中で2人が顔を寄せ合うカットのほか、バスルームや南の島でのプライベートショットなどが満載で、会場には記者会見で着用した衣装も展示する、といったユニークな演出に、あらためて2人のアーティスティックな才能を感じたものだ。

 ところが、そんな仲睦まじい夫妻に破局が訪れたのが、同16年(2004)2月。

 結果、2人は9年間の結婚生活にピリオドを打ち離婚。

 小泉にしばらくはロマンスの噂が聞こえてこなかったが、彼女は平成27年(2015)の2月4日、49歳の誕生日に個人事務所「明後日」を設立。

 そして翌3月、舞台で共演した豊原功補との居酒屋デートが報じられることになる。

 彼女の半生を時系列にすると、結婚、離婚、個人事務所設立と、偶然なのか、あえてそうしているのか、2月が節目となっていることがわかる。

 そして、再び彼女が驚きの言動に出たのが、平成30年(2018)のやはり2月のことだった。

 それが、よく知られる、52歳の誕生日を3日後に控えた2月1日に公式サイトで公表した、36年間在籍した所属事務所からの独立と、「人間としてのけじめ」と綴った、妻子ある豊原との交際宣言だったのである。

 その衝撃の公式発表から今年2月で、ちょうど丸5年になる。

 2月4日には57歳の誕生日を迎えた小泉だが、果たしてまた新たな発言が飛び出すのか、気になるところだ。